本島南部にある南城市知念字安座間にあります。

2000年にオープンした、新しい人工ビーチ。

「あざま」と読みます。

隣りには知念レジャー海洋センター、安座間港もあって、久高島やコマカ島への船も出ています。

駐車場、売店、更衣室など設備も充実しています。

入場料は無料ですが、駐車場は500円、トイレットペーパー100円、シャワー5分200円となっています。

芝生の広場やバスケットボールのリングもあるので、休日にはファミリーや地元人たちが大勢訪れます。

バーベキューエリアもあるので、これからのシーズンは昼夜問わず賑わうことでしょう。

安座間サンサンビーチの地図はこちら。

首里金城町の石畳

4月 12, 2008

首里城の近くに、金城町石畳という名称の道があります。

その名の通り石で敷き詰められた道なのですが、琉球石灰岩で造られた石畳となっています。

道の両側には昔ながらの赤瓦の家屋が多く、情緒あふれる散歩道は「日本の道百選」にも指定されています。

琉球王朝時代には、首里城から那覇港や南部方面へと通じる道路で、「真珠道」と呼ばれていました。

現在は、かろうじて戦火をまぬがれた約300mの石畳が残っています。

雰囲気は昔ながらの沖縄。眼下に首里の町を眺めることができるので、一度は通ってみたい散歩道となっていますが、結構急な坂道になっているので、雨の日などは注意した方が良さそうです。

ちなみに、NHK「ちゅらさん」に出てくる、那覇の古波蔵家はこの辺りだそうです。

沖縄そば

4月 8, 2008

沖縄そばは、「そば」と呼ぶものの蕎麦粉は使用されず、小麦粉100%の麺でかんすい(鹹水)を用います。

麺は一般に太めで和風のだしを用いるので、日本そばとは全く違ったそばとなっています。

起源は琉球王朝時代、中国から伝わったとされていますが、当時は一般家庭で食べられていたわけではなく、宮廷料理とされていたようです。

今では沖縄各地にたくさんの「おきなわそば屋」があります。一般の食堂やファミレスなどでもメニューに載っていることが多く、沖縄を訪れたことがある人なら一度は口にしたことがあるという、身近な琉球料理の一つ。

「宮古そば」、「八重山そば」、「やんばるそば」など、麺やだし・具材が地域によって多少変わったり、また同じ沖縄本島内でも店ごとに独自の沖縄そばを提供しているところも多いです。

観光ガイドで特集記事が載っていたり、沖縄そば専門の小冊子もあるので、沖縄そば屋を巡り、自分のお気に入りの店を見つけてもいいかもしれません。

沖尚、選抜優勝

4月 5, 2008

昨日の4月4日、記念すべき第80回選抜高校野球大会の決勝で沖縄尚学高校が9年ぶり2度目の優勝を飾りました。

初回から打線が好調で、9-0の圧勝。

最後の試合で一番いい出来の試合内容に、うちなーんちゅたちは安心して観ていられたことでしょう。

9年前の優勝時、エースナンバーをつけていた比嘉公也が今度は監督となり、県内では「9年前の再現」と前評判から高い期待感を寄せていました。

26歳の若さで選手達を導き、選手達もまた気負うことなく試合に臨むことができたそうです。

沖尚は初戦の2回戦で聖光学院(福島)に1-0、3回戦の明徳義塾(高知)に3-1、準々決勝では天理(奈良)に4-2、準決勝で東洋大姫路(兵庫)に4-2で決勝まで勝ち上がりました。

紫紺の優勝旗が再度海を渡ることに、県内では大盛り上がりで、一部の飲食店やスーパーなどでは優勝セールを行っているところもあるそうです。

首里城正殿

4月 2, 2008

那覇市首里にあり、かつての琉球王朝時代の沖縄県内最大の城(グスク)でした。

450年にも及ぶ王国の政治、、軍事、外交、文化の中心となっていましたが、1879年(明治12)春、首里城から国王が追放され「沖縄県」となった後、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に使われました。

それまでは国宝とされていた首里城は、1945年の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、今ではわずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っているだけだそうです。

2000年12月、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産に登録されたのですが、登録は「首里城跡(しゅりじょうあと)」であり、復元された建物や城壁は世界遺産ではないことがミソです。

他の日本の城とは違い、首里城は中国の城の影響を大きく受けています。漆で朱塗りされているのもそのためで、各部の装飾には国王の象徴である龍もたくさん使われています。

正殿の前にある広場は「御庭(うなー)」と呼ばれ、様々な式典の会場に使われていたそうです。現在も琉球舞踊の上演や首里城祭などイベントが催されています。

首里城の地図はこちら。

沖縄の至宝10人展

3月 30, 2008

現在、沖縄県内では10人が人間国宝に認定されています。

故金城次郎氏(琉球陶器)、玉那覇有公氏(紅型)、宮平初子氏(首里の織物)、故与那嶺貞氏(読谷山花織)、平良敏子氏(芭蕉布)、島袋正雄氏(琉球古典音楽)、照喜名朝一氏(琉球古典音楽)、故島袋光史氏(組踊音楽太鼓)、城間徳太郎氏(組踊音楽歌三線)、宮城能鳳氏(組踊立方)の10人です。

人間国宝が日々行う技の錬磨向上や伝承活動などを広く一般に

紹介し、1人でも多くの県民に伝統文化の素晴らしさを認識してもらう目的で開催されたもので、人間国宝10人の作品を一堂に集めての展示は初めてです。

展示場では3日間多くの人が沖縄コンベンションセンターを訪れ、最終日の今日、舞台劇場の入口は

開始1時間前から長蛇の列となりました。

沖縄には独特の文化と歴史があり、それぞれの分野で守り、維持し、技を極め、今日まで多くの作品を

残してきた10人の集大成は見る者をただ圧巻させるばかりでした。

宮古の製糖工場

3月 28, 2008

沖縄の特産物で有名なサトウキビ。

写真はサトウキビ畑に囲まれた宮古島の製糖工場。

毎年1月から3月はキビの収穫期で、普段人影の少ないキビ畑には忙しそうにキビを刈る農家の人の姿を見かけることができます。

工場での1日の処理量は1700トン。トラックいっぱいに積まれたサトウキビがあっという間に砂糖になっていきます。

収穫し、畑から運ばれてきたサトウキビは、最初にカッターで細かく刻まれたあと、圧搾機で4回絞られます。

サトウキビを搾ったあとの汁を煮詰めて砂糖の原料になる原料糖と呼ばれるものが製品として出荷。

製造の工程で発生する沈殿物なども、肥料や土壌改良剤として利用されているようで、すごいことにサトウキビは捨てるところが無いそうです。

沖縄製糖工場(宮古)の地図はこちら。

第60回 沖展

3月 27, 2008

沖展とは、「沖縄美術展覧会」のことで、毎年3月~4月の時期に沖縄タイムス社主催で催されます。

戦後、沖縄の芸術運動を創成、牽引してきた歴史ある美術工芸公募展となっていて、第60回となる今年は、浦添市民体育館と浦添市美術館で絵画、版画、彫刻、グラフィックデザイン、書道、写真、工芸が一斉に展示され、現在も開催中。

また、沖展草創期の作家作品を展示し、沖展60年の歴史を写真パネルで振り返る「沖展60回のあゆみ」コーナーを会場内に設けてあります。

浦添市では4月6日までですが、4月12日からは「やんばる移動展」が名護市二十一世紀の森体育館と名護市労働福祉センターで開催されるもようです。

「沖展60回のあゆみ」「やんばる移動展」共に、60回を記念しての特別企画ということです。

浦添市民体育館の地図はこちら。

ハイビスカス

3月 22, 2008

知っている方も多いと思いますが、ハイビスカスです。

一般的に「ブッソウゲ」というらしいですが、「ハイビスカス」の呼称で親しまれ、沖縄ではそこら中で見かけることができます。

もともと雑種植物であるため変異に富んでいて、8000以上の園芸品種や雑種が知られています。

沖縄では一般的に赤色が多いのですが、写真のようなピンクだったり、黄色いハイビスカスもあります。

木の高さはそれほど高くなく、1~3mあまりで夏から秋にかけて開花するそうです。

寒さに弱いため、日本では南部を除き戸外で越冬できません。

ハイビスカスティーという飲料がありますが、沖縄では食用よりも観賞用。沖縄ではやはり「さんぴん茶」が主流です。



宜野湾市にある人工ビーチ。沖縄コンベンションセンター、宜野湾海浜公園が隣りにあります。

宜野湾市は沖縄本島の中部に位置しますが、観光客はもちろん地元人も訪れ、また、他のビーチに比べ外国人も多く見られます。

駐車場やシャワー、更衣室などの施設も完備されています。

シーズンオフは遊泳できないものの、バーベキューエリアは通年を通して利用できるそうで、休みの日はいつもたくさんの人で溢れています。

天気のいい日には、散歩も出来る遊歩道も整備されているので、泳がなくても楽しめるところが憩いの場となっているようです。

宜野湾トロピカルビーチの地図はこちら。