yakuninyamatoga-「大和井(やまとがー)」は宮古島市にあります。

宮古島はサンゴ礁(石灰岩)で出来ており、生活用水を確保するためには硬い石灰岩を掘らなければなりません。

現在は地下ダムが出来ていますが、それまでは昔の人々は自然にできた洞穴井戸を利用していました。

1992年12月に国の史跡に指定された「大和井」は、周囲約20メートル、高さ約6メートル。

伝承によると、この井戸は首里王府や薩摩藩から派遣された役人専用の井戸で、造りも頑丈で見張り番もいたとか。

庶民はここから50メートルほど離れたところにある簡素な造りの井戸を利用していたようです。

「大和井(やまとがー)」の地図はこちら。

 

 

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doitusyosensonandoitumura1873年、ドイツ商船が宮古島の宮国沖で台風のため座礁してしまいます。

宮古島の人々が乗組員たちを助け、手厚く看護したことから、それを知った当時のドイツ皇帝は宮古島の博愛精神に感動しました。

後に現・平良港に博愛精神を称賛した石碑を建てます。

さらに建碑60年後の1936年には、宮古郡教育部会や外務省、日独親善団体の協力で遭難現場であるンナト浜に当時の近衛文麿総理大臣直筆の「独逸(ドイツ)商船遭難の地」の碑が建てられました。

その碑は現在うえのドイツ文化村にあります。

独逸商船遭難の碑(うえのドイツ文化村)の地図はこちら。

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下地島の通り池

11月 28, 2015

tooriike宮古島の伊良部大橋が開通し、観光客が増えたのが「通り池」ではないでしょうか。

国の名勝および天然記念物に指定されている「下地島の通り池」は、一見すると普通の深そうな二つの池。(写真は海側の池)

これらは地下の部分で繋がっていて、さらに海側の池は海とも繋がっています。

この地形は、海岸にあった鍾乳洞が、波によって浸食されて大きくなり、天井が部分的に崩落して形成されたものと推測されています。

ダイビングスポットとしても有名で、海側から入って池に浮上するダイバーたちをよく見かけます。

下地島の通り池の地図はこちら。

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agumaidosumai「あぐまぃ どすまい ぷからす酒う ぬぅみぅとうり 飲酒運転ばぁ すぅんどう」

宮古島のお土産品にある宮古方言。

「同級生も友達も楽しい酒を飲んで飲酒運転はしない」という意味だと下に書いてあります。

「ぷからす」とは「嬉しい」という意味もあります。

宮古方言には「ぱぴぷ」などの破裂音が多くあり、他にも「あぱらぎ=美しい」「ぱんびん=天ぷら」「ぱり=畑」などがあります。

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daizusaiga沖縄には方言がありますが、離島となるとまた方言も変わってきます。

その中で、今回は宮古島の方言を紹介します。

お土産品の箱の横側にありました。

「だいずさいが 100万円ぱらーでぃな」

意味はその下に書いてある通り「たいへんさー 100万円支払うか?」。

飲酒運転に対する宮古方言での注意喚起です。

「だいず」は「とっても」「大変な」という意味。

「さいが」は語尾につける言葉で特に意味はありませんが、これを言う人は宮古の人だとすぐにバレます。

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日本最西端の与那国島で22日、陸上自衛隊沿岸監視部隊配備の是非を問う住民投票が実施され、即日開票の結果、賛成が632票で、反対の445票を上回りました。

県内紙がトップ一面で伝えています。

政府が掲げる南西諸島の防衛力強化の一環で、配備予定地では既に造成工事が進んでいるとのことです。

この投票には中学生も投票資格を持ち、中学生以上の未成年者は96人。

およそ1200人以上の有権者が「賛成」か「反対」か自らの考えに基づいて投票しました。

投票率は85%を超え、関心の高さをうかがわせています。

島が二分される事態となっていた与那国では、投票結果によって「また島が一つになればいい」との声も上がったそうです。

防衛省によると沿岸監視部隊は150人規模で、2016年3月末までに配備予定とのこと。

与那国島の地図はこちら。

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瀬底島 慰霊塔

10月 17, 2014

沖縄各地には慰霊の塔が存在します。

特に南部の「ひめゆりの塔」は有名で、本土の学校から修学旅行で訪れることも多いです。

沖縄本島北部の本部町と瀬底大橋で繋がっている「瀬底島」にも慰霊塔がありました。

大東亜戦争戦没者慰霊塔と書かれています。

慰霊の日になると、島々の方々で供養をするそうで、豊年祭などのお祭りもこの前で行われるそうです。

瀬底島 慰霊塔の地図はこちら。

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瀬底島にある瀬底小学校は、1890年2月に創設され、「瀬底簡易小学校」と呼ばれていました。

当初は男子のみ25名の生徒だったそうです。

時代の流れに沿って「本部尋常小学校瀬底分校」と改称されたり、「瀬底国民学校」となったりしました。

6・3・3の学制改革により瀬底初等学校に中等学校併設となり、1972年に移転して翌年の創立60周年を迎えます。

最初に建てられた瀬底小学校は、県道172号線沿いにある「瀬底小学校発祥の地」石碑がある場所でした。

1972年に移転した後は現在の場所(本部町字瀬底693)となります。

瀬底小学校発祥の地(石碑)の地図はこちら。

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瀬底島側から瀬底大橋を眺める場所に、「瀬底大橋開通記念碑」があります。

そこは駐車場と記念碑とトイレしかない展望台ですが、「アンチ浜」へ行く道だと勘違いする人も多い場所です。

1985年の瀬底大橋開通まで、瀬底島と本島を結ぶ橋はなく、渡し船が唯一の交通手段だったため、橋の完成は瀬底島島民の悲願だったそうです。

国の補助を受けながらおよそ13年にもわたる歳月と57億円にも及ぶ工事費で、完成した橋は全長762mで当時の沖縄県において最長の橋でした。

「ここにこの一大事業を推進していただいた国、県、町並びに関係者の多くの方々の御協力に対し深甚なる感謝を捧げ永く顕彰するために、瀬底大橋開通記念碑を建立する」とあります。

瀬底大橋開通記念碑の地図はこちら。

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伊江島

6月 24, 2014

島のほぼ中央にある山「伊江島タッチュー」で有名な「伊江島」。

「伊江島タッチュー」は正式名称は「城山(ぐすくやま)」といい、標高172.2mです。

本島からも、本部半島などからよく見ることができます。

写真は八重岳からの眺め。

村名はそのまま「伊江村」となります。

本部港からフェリーで30分ほどで、日帰り可能な離島として人気。

しかし「伊江島」は基地の島としても有名で、米軍基地が島の35%を占めています。

伊江島の地図はこちら。

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