沖縄戦当時、本土へ集団疎開する学童たちは少なくありませんでした。

南風原町の国民学校も例外ではなく、1944年8月に対馬丸と同じ船団で熊本県に124人、次いで9月に宮崎県へ146人が疎開。

2年間の生活を経て1946年に帰郷しました。

2004年、疎開者が疎開地の足跡を訪れたことをきっかけに、「南風原国民学校 学童集団疎開記念碑」を建立。

南風原町の黄金森公園内・南風原文化センターの入り口で見ることができます。

記念碑の説明板には「ややもすると忘れ去られがちな、この「学童集団疎開」の実態と、それが「沖縄戦の一環で国策として遂行された」という歴史的事実を後世に伝え、戦争を拒否し平和を創造していくという強い意志をもって、南風原国民学校学童集団疎開記念碑を建立します」と書いてありました。

南風原国民学校 学童集団疎開記念碑の地図はこちら。

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